新前川國男邸※2008年6月 継承されました
所在: 東京都品川区
竣工: 1974年
構造: RC造 地下1階 地上2階建
設計: 前川國男
施工: 清水建設
延床面積: 456.82㎡(約138.18坪)
敷地面積: 495.27㎡(約149.81坪)
竣工時の用途 : 住宅

新前川國男邸画像


◆ 新・前川國男自邸について

「新・前川國男自邸」は、建築家・前川國男(1905~86年)の終の棲家として、1974年に竣工する。同じ敷地に建っていた木造の旧自邸は、新築の際に丁寧に解体されて軽井沢の別荘へ運ばれ、長い間保管されていたが、前川没後の1997年、藤森照信氏ら関係者の尽力によって、東京都武蔵小金井市の江戸東京たてもの園に移築復元され、一般公開されている。この旧自邸は、戦時中の1942年、資材統制によって木造30坪という不自由な条件下に建てられ、奇跡的に戦禍にも耐えた。一方、空襲で銀座の事務所は焼失したため、前川は、戦後の設計活動をこの自邸の居間からスタートさせる。こうした歴史と時間を刻んだ旧自邸に、前川は愛着を抱いていたのだろう。また、そこには、自邸だからこそ試みることのできた設計方法への自信もあったに違いない。前川夫妻はこの小さな住宅に30年以上も住み続けていく。しかし、新自邸の設計を担当した所員の証言によれば、70歳を目前に、前川は、年の離れた美代夫人に安心して暮らすことのできる住まいを残したいと願い、耐震性も考慮して鉄筋コンクリートによる改築を決意したという。こうして、新自邸は、旧自邸の約4.5倍もの延床面積をもち、地下1階、地上3階の堂々とした邸宅として完成する。けれども、1階の居間を中心とする大らかな空間構成や内部と庭との連続性などの特徴は、ほぼ旧自邸をそのまま踏襲する形になっているのである。

公共建築を中心に活動を続けた前川にとって、もともと住宅作品は数自体が少ない。しかも、その多くは戦前期に集中している。このため、すでにその大半は取り壊されて現存しない。結果的に、新自邸は、鉄筋コンクリート造の唯一現存する住宅作品となっている。また、もっとも身近な自邸だったこともあるのだろう。前川の遺したスケッチブックには、目の前で進行中だった「東京海上ビルディング」(1974年)、「東京都美術館」(1975年)、「熊本県立美術館」(1977年)といった大規模な建築に混じって、新自邸の細部まで及ぶあらゆるスケッチが繰り返し描かれており、その数は150点以上にもなる。そこからは、前川の内面にあった住まいへの思いと設計の楽しさが伝わってくる。さらに、鉄筋コンクリート造によるこの新自邸には、そのどこかに、遠く、1928年に、前川がル・コルビュジエに案内されて最初に見学して感動したという、パリの住宅「ガルシュの家」(1927年)を彷彿とさせる清新さも漂う。以上のような点から、「新・前川國男自邸」は、旧自邸と共に、前川國男の建築思想の核心部分を今に伝えるかけがえのない文化遺産なのだと思う。

2012年展覧会「昭和の名作住宅に暮らす」展覧会パンフレットより
松隈洋(建築史家・京都工芸繊維大学教授)


◆ 「新・前川國男邸」で暮らして 

英語圏では、多くのインテリア・デザイン雑誌や建築関連のテレビ番組で「何が住宅(ハウス)を家(ホーム)にするのか?」という問答が繰り返されてきたために、この問いは陳腐化してしまった。英語が苦手な学生ですら、「住宅(ハウス)」は物理的な建物であり、「家(ホーム)」は身を守り、快適で安全に感じる場所であるということを知っている。もし新前川邸があなたの家であったら、どう感じるだろう。くつろげ、落ち着き、エネルギーや刺激を与えてくれ、快適で、安心感を与えてくれる。新・前川邸に住んで感じることを表現すると、こうした言葉になる。あるいは、新前川邸と共に住むというべきなのだろうか?この家とそのような関係性を感じることはとても容易だ。私が言いたいのは、時として一部の人が無機質なものに対して感じる怖いたぐいの関係ではなく、建物があなたの気分を尊重し、毎日、そこでの一日の始まりを幸福なものと感じさせてくれ、喜んで夜に帰りたいと思わせてくれるという意味だ。

新・前川邸は、前川國男がすでに高齢のときに建てられた。この住宅もまた、今、年をとりつつある。設備の多くは、ちゃんと機能させるために丁寧に扱わなければならない。エアコンが猛暑の日に動かなくなったり、寒い冬の朝に温かいお湯が出なくなったりするのは心地よいものではない。幸運なことに、そういうことが頻繁に起きないよう、時間と努力を惜しまない管理チームがこの住宅にはついているのだが。しかし、時としてこうしたことが起こっても、この住宅のことを不愉快に思うことはあり得ない。引っ越した当初、古い家の住人というのは、様々な不便があっても理性的にそれを受け入れなければならないからそう感じるのだと思っていた。しかしながら、この住宅に数年住んだ今、それはまた、この住宅がくつろぎと落ち着きを感じさせてくれるために、何事にも過度に不愉快に感じることが難しいからなのだと思うようになった。この住宅に帰宅するのでなければ、東京での仕事と生活を今のように楽しむことはなかっただろうと思う。

現在の住まい手より